ピーターパンの何でも日記 Part2

家族と友人に近況を伝える日記

次男くんの里帰り

次男くん。里帰りしてくれました。と言っても3時間ぐらいです。

桑名の和食屋さんに4500円のお弁当を注文していたので、夫さんと11:30に間に合うように取りに行きました。以前お願いしたときよりも重量感が足りなかったのであれ?っと思いましたが、考えてみればここのところの値上がりすごいですものね。お刺身にしてもらったのが原因かなあと思いつつ、次男くんが気に入ってくれればと。

 

急ぎ帰宅して待ちましたが、結局13時過ぎにきてくれました。次男なんとバイクでのおなーりー!です。バイクは痛車にしてあるんですが、彼のは親が言うのはなんですが、色合いがすごくシックで派手派手さがなくて、すごく芸術性があるんです💦 そういえば現物見なかったのは失敗したなあ。マンションの駐車場に入れてもらったので夫さんに対応してもらってました。はい。二台目ですが、一台目はズーマーで今回のはホンダカブです。雑誌にも載って、芸能人さんも乗ったというすごい話題になってる?!バイクです。いいですね。こういう趣味があるのは。

 

で、今回愛媛から東京まで、横断しながら各所でご友人、ご学友さんたちと会うんだって。台風の件があるので、ここから静岡が一番危ないのですが、念じておいたのがきいたのか、だいぶ台風くん、東にそれてくれたみたいなのでほっとしています。

 

次男くんは元気で、相変わらずわたしには厳しい!のですが、それも私たちの関係かなと。

 

実は最近夫さんがとってくれたドラマ、NHKの「まんが道」。藤子不二雄さんの話ね。お二人の。あれ一度はみたんですが、結構好きで。刺繍しながらついつい見てしまうのですが、満賀くんの方のお母さんがね。冨士真奈美さんで、2人の男の子のお母さんしてるんですが、すごく子育てが上手だなあって。ご主人さまが早逝しているということもあるけれど、息子2人ともね。頑張り屋さん。次男くんなんてお兄ちゃん応援団で、お母さんとお食事の手伝いもして。時々お母さんに新聞で紙風船作って耳元でパーん!って割ったりしてお母さんびっくりさせたりするんだけど。おにいちゃんがお母さんに叱りつけたりしてもね。優しくかばってあげたりね。一方でお兄ちゃんの方も社会人になって立山新聞に通っていたら、お母さんにどなりつけたことを反省させられる?シーンとかもあるんだけど、概してお母さんに厳しく当たることも多い。

そんな2人の息子にお母さんの対応が、素晴らしくてね。お兄ちゃんの机を勝手に整理したら、怒られたんだけど、

 

いかんねえ。この手は。オフリミット!

 

とかいいながら自分の手の甲をパンとたたくのね。お母さん、ほんまだめやね。とかいいながら。

 

以前どこかの番組で、お猿さんの話し、アニマルプラネットだったかなあ。お猿さんのお母さんの話しなんだけど、お母さんとして才能あるお母さんと、まったく子育てがダメなお母さん猿がいると。上手なお母さん猿はその下手な育児放棄してしまうお母さん猿の代わりに子育てしてあげてるとか、そういう番組だったのですが、私は育児放棄まではいかないし、自分なりにはちゃんと育てたつもりなんだけど、天才のお母さんとしてのセンスが欠けてるなあと感じてるので、冨士真奈美役のお母さんをみていると、しみじみとこんなお母さんだったらよかったな。でもお母さん、やっぱりどこか息子2人との生活は寂しいところもあるんじゃないかな。

もう1人の才賀くん?のお母さんは天地総子なんだけど、これまたシングルマザーで、子育てでの相談を冨士真奈美としてるんだけど、ふたりとも男の子の親として、できた人たちだなあってね。

 

以前見た時はこんなふうな見方はしていなかったのですが、今は、お母さんとしての自分に評価をつけたがっているのかよくわからないけど、子育てというものを振り返られるドラマは引き込まれます。

 

同様に、今夫さんとみているのがやはりNHKの、

 

芋たこなんきん

 

です。もうこれ田辺聖子さんというお人柄、夫婦関係としては私たち夫婦もこんなふうでなんでも話しする夫婦なんですが、この夫婦特に田辺聖子さんには明確な意志、人権!?に対してとても深い愛情と先見の明というか、何に対しても理解があるのです。実の子供ではないのに五人も一緒に過ごしてね。まずは、後妻なのに、旦那さんの子供には、おばちゃんという存在にする。いうに、

 

私らは夫婦やけどあんたらにとっては知らないおばちゃんやからね。それでええよ。

 

みたいなスタンスなんだけど、これって深い!子供たちに対しても、また先妻さんに対しても敬意を感じてしまう。

そしていつもお食事を沢山用意していてね。あー。ほんと偉いなあって。

恥ずかしながら私は田辺聖子さんの本読んだことないけどきっと読後はどこか清々しい気持ちになるものを書いていらっしゃるのではないかと想像してしまう。とにかく人として母として妻として。尊敬ばかりです。

 

そんなふうな人でありたかったけど、最近強く思うのはそれは私1人の努力だけではできないなと。

 

私は自分が育った環境を嘆くわけではありません。ちゃんと大学まで出してもらったし、父は京大、母は学歴は女学校卒だけど新聞記者もやっていた人で、家族として自慢の両親でした。父はとてもハンサムで、小学生のときは同級生に

 

ピーターちゃんのお父さんってハンサムやね。

 

といわれておもはゆかった覚えがあります。嬉しかったです。

 

父は子供好きでどちらかといえば愛情深い人だったのですが、それが災いしてか、高校生の時の恋人、ストイックな恋人との関係が再燃してしまったのです。母と結婚したあとにね。

 

これが全てのきっかけ、、、と思いつつ、いやこれはこのときからではないなと。実は母は父よりも7歳も年上で。当時としては珍しいできちゃった婚。母はいわゆるオールドミスになっていて、父方の家には相当な反対をされたようです。なので結婚式は正式にはあげてなかったのです。励ます会みたいなのは周りの方にやってもらったようです。今ある京都オークラホテルの敷地に昔建っていた京都ホテルで。

 

父との母の出会いは、京都の母方のお墓参りを通してです。京大のボート部、昔は端艇部といったのですが、父は中学、高校と6年間の経験者でもあり全国大会にも出て活躍していたので鳴り物入りで入部し、留年までして5年間オリンピック目指して漕いでいました。その間、高校時代から交際していたJさんという方とはボートの方を取るか私を取るかどっちかにして!みたいなことを言われたらしく別れてしまったとか。

 

その後、ボート部の艇庫の近くに通っていたお家があったらしく、その仲良しになったおばさんが、私の祖母の妹さんちいばあちゃんだったみたい。ちいばあちゃんは遠縁にあたるY川さんという郵便局をやっていた方のところに通っていたみたい。その姪っ子に美人姉妹がおり当時

 

芦屋小町

 

と言われていたらしい?母の美人いとこさん(女優の岸恵子さんに似てる!)とデートしたらしいのですが、父によると体力のない人で、ちょっと歩き回るともうだめとかだったらしく、それはちょっと、とやめたそうです。

それから、京都の黒谷にあるお墓参りにちいばあちゃんが、今年は行けそうにないと言っていたのをきいて、それならば僕が代わりに行ってきましょうと。その話を姪である母が叔母のちいばあちゃんから聞いて、

 

そんなに殊勝な人が今どきいるのなら、お礼におごらないと!

 

と思い、新聞社にきてもらい、一緒にご飯を食べに行ったのが最初と。

このとき母は学芸部におり、老舗の食べ物屋さんに精通していて、うんとご馳走したらしく、のちのち父は私たちに

 

おれはあの時欠食児童で食い物にやられた!

 

と説明をしました。これは子供にはあまりいい印象ではなかったけど。。

 

で、できちゃった婚

でもね。

 

母は7歳も年上だったうえに、シングルマザーで育てられていたので、父は母の生い立ちを知って見捨てることはできなかったのだろうし、このスタンスだけは最後まで守ってはくれた。

けれど、結局は好きな人がおり、その人とのことを子供にも妻にも誤魔化しながら生きてきたのと、妻に対する本音で言えない部分がかなりあって、不満とかそういうものより、自分の行動に対する義務感と正義感で母を守ろうとしたのかなと。最後まで離婚もせずに喧嘩しながらも子供も母も捨てなかったのは、私は父の純真な心があったからだとおもってます。ただそれが母と私たちだけに行かなかった。そしてその板挟みを、ただの誤魔化しにしてしまったのが、よくなかった。

 

良くなかったというのは、子供たちに悪い影響を残したということです。

 

私は大学生のときにバイトで知り合った人とこうさいしていたのですが、その人のことを父が気に入らなかったのです。それでかなり険悪な状態になっていったのですが、基本ははっきりと真実を言い合えない父と娘が、口喧嘩になっても、

 

パパだってこうしてきたやん!

俺のことは言うな!

 

みたいな意味不明なゾーンに入り込み、娘はそこで口を塞がれてしまい、ますます憎しみのようなものが生まれて父の思う方向とは違うところに進んでしまう。

話はそれますが、眞子さんを見てるとすごくわかるのです。あの態度を娘がとるのは明らかに家庭内に問題があるのです。秋篠宮ご夫妻の関係が彼女を通して明らかに浮き上がってくる問題点がわたしにはすぐにわかりました。

 

要するに父親が権限をふりかざして、妻や子供の言論を封じると、娘はもう何も判断できない状態になり、目の前にいる優しくしてくれる味方だけを頼りとしてしまう。大きなところで守ってくれる存在を活用する方法がわからないんです。父や母が子供へ、自分の妻を愛するように、君たちも大事なのだよと、腕を広げて笑っていてくれている状態ね。

 

遠回りしましたが、田辺聖子さんの父親ってまさにそうで。

こういう夫婦は連綿とその愛情を受け継いでいけるのだとね。

 

大学生のとき私の人生における一つのテーマは

 

愛とは何か?

 

ということで、あまり本も読まないひとでしたが、それなりに本も読んでいました。その中で、医師である松田道雄さんの

 

恋愛なんかやめておけ

 

という子供向けの本があり、たまたま他の本からそこにたどり着き読んでうわー!っとなりました。先生曰く

 

恋と愛とは違うものである

恋は思春期独特の心臓の鼓動の高まりであり、ぼーっと人を好きになることは一時的なものである

しかし愛は積み重ねていくものそのである。結婚は愛である。

 

といった主旨なのです。

私の人生のバイブルはこれになりました。積み重ねていける相手こそ結婚して続けていける相手だとね。

 

色々あって、今の夫さんとお見合いっぼく出会ったとき、まずそのなんでも話ができるという自由さ、人の話を汲み取って自分がその時に思った素直な感想を教えてくれる。などよどみのない話し方をきいて、溜飲が下がるというか、なるほどと思いました。そして、結婚する最後の決め手はお父さんとお母さんが仲良しである。ということでした。それは遺伝というか伝染していくものだと思っていたので。義父母は仲良しでしたが、なにより子育てでは一致協力していた。まあのちのちは色々思うこともありましたがこのことは尊敬できる義父母でありましたし、それが故の夫さんの気性でもあるんだなと。

 

長くなりましたが、

ドラマを見ていて、仲の良いお父さんお母さんのありきたりの生活ってほんと地味ではあるものの、そこで起こる問題って、実は非常に邪魔なもののない大事な部分を解決していける環境があるんですね。それがドラマで伝わってくるとね。すばらしいなあって思うんです。

私の実家の場合、例えば結婚とかになっても、エッセンスよりも、端々の問題点にすぐに話しやパワーが持って行かれてしまう。もう不毛な世界で満たされてしまい、本質であるところの、地道に積み上げていく幸福である若い人の結婚があしげにされてしまうわけです。そして不幸にもその、自分目線だけの考え方、次の世代に対しての人権のようなものが阻害されてることを、本人は気づかない。結構それは、結局はわがままを通しているんだなあとも思ったりするのです。

 

私は足を引っ張り合う中で育った人間なのでどうしてもその影を追っ払って生きていかないといけない。夫の生活感とかはすごくシンプルで退屈ではありますが、子育てという魅力にとりつかれたのと駐在という特殊な環境で、私ももみにもまれたように思います。夫との生活は積み上げていけるものがどんどんできた一方で、子供たちと真正面に向き合った時、経験不足もあり、自分の不器用な面もあり、時には専制的なものになってしまったり、田辺聖子先生曰くの、

 

そんなん人権ないやーーん!

 

みたいなことをしでかしてたなあと、うまくらいかない❓と首を傾げたくなる子供からの反抗もずっとどうしてできていないんだろうとね。

 

つまりは、次男との関係って、自分の人生の具現化みたいなもので。

私なりに家庭環境を、夫や子供との会話はフランクにと、それがまず大切なこととなんでも話せる関係性を求めてきたけど、子供との関係にはそこに、もっと大切な何か、自分にはしてあげられなかったエッセンス。それをもっと若いときにわかっている人間でなかったがゆえの確執なようにも思えます。

 

でも、人として大切なこと、とにかく不倫だの浮気だのとそんな煩わしい人生には邪魔になることなどは、不要に生きなければならないという、ちょっと無理して頑張っている私はその次の世代つまりは息子の世代。そしてその次の世代も引き継がれていけば、生まれてきた子が、まっすぐにやらなければならないことを悩み、応援してくれる人の存在を無意識に理解できる人が自然に振る舞えるようになれるんではないか?と。青春時代に暗くなる気持ちを持たざるを得なかった自分にできる精一杯のことは不束ながらしてこれたんじゃないかなと。できればそんな夫婦愛を持って家庭を築いていける子孫が続いてくれればなあと。ちっぽけだけど大切なことをちょっとは成し遂げられたのではと褒めてあげる自分がいてもいいかなと。

 

長くなりましたが、次男と少し会話して、今はわかってもらえなくても、私はそのようにあなたの母として悩ましく思ってきたのだといつか理解してもらえたらなあ。と。

 

ご飯のあと少し休んでお風呂に入ってすぐに台風に向かってバイクに乗って次男は風と共に去りぬです。

台風を念で追い出しながら、次男の発言などを聞いて自分の発言、次男の発言を読み取り瞬時に出る言葉がやはり次男の気に入らないことだったりなんだなあと思いながら、事故だけはきをつけてね。無理だけはしないでねと、また次男に怒られそうなことばり願っていた私なのでした。

 

 

 

お盆の用意 お墓参り

今日は夫さんと一緒に本家とお墓にいき、お花のセットをしてきました。

それにしてもお花高くなりますね。この時期。いつもお花は、お寺のお墓に小さめ一対、自治会運営の本家の近くのお墓(なぜか二つあります)一対と、それから仏壇に小さいのをひとつ。全部で五束なんですが、4000円近くかかりました。はあー。これはすごいなあ。てな感じです。

とりあえずお花を買って、お供えのお菓子も買って。本家の棟の空気入れ替えですべて窓開け。それからお花を高さ調整して切って括り直して。お盆用はほおづきがついてます。はい。

それから初盆なので、本家にあった岐阜提灯をセットしました。なかなか雰囲気よくなりました。

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この提灯は、岐阜提灯で、義父の姉妹が岐阜を訪れたときに購入したそうです。

(訂正です。岐阜で購入したのではなく地元でした💦 すみません)家紋の丸に右三階松がちゃんと書いてあります。

浄土真宗にとってはお盆でご先祖様を迎えるというのは、まあ合わないみたいですが、そこのところは潔癖ではない日本人なので迎え火と送り火はなるべくしようと思ってます。

 

掃除もすませて、お祈りもして、戸締りしたら、次はお墓参りです。まずは明治以降に作った自治会の管理のお墓。ここは実は恥ずかしながら紋が左三階松になっており、おそらくご先祖様が間違えたと思われるのですが、まだ私たちも訂正してないです。というのも墓石がもうかなり傷んでいるのです。触ると崩れそうなんですよ。今年これを少し修理してもらってなんとか持たせている状態なので、とりあえず長男家には間違っているということだけは伝えてあります。

 

この間違いに気がついたのは、江戸時代からのお墓が市街地のお寺にあるのですが、この墓石がかなり古いんですが、紋をよーく見たらなんと右三階松だったのです。先の明治時代に作ったお墓のほうが新しいので、誤ってつくられたんだなと。でも先代の義父母は丸に左三階松と私に伝えていたのですよ。今回提灯をみて、義父の姉妹は右三階松と理解していたので、左三階松をどうやって義母は理解していたのかは不明なんですが、まあ右で間違いないのは確かだなと。

 

ということで、この(誤)左三階松お墓のあとは、右三階松のお墓です。あ、左三階松のお墓には、提灯を飾ります。白いものですね。明日台風が来るみたいなのですが、とりあえず飾ってみよう!とつけておきました。

 

次のお寺にある右三階松のお墓、江戸時代からのものですが、こちらはお寺にあるお墓なので提灯はしないです。浄土真宗は即仏ですからね。お花は小さめにしておかないと、お花入れが小さいのではいらないです。はい。

 

空を見たら雲の動きがすごいし、厚く垂れ込めたような大群がくるー!みたいな感じだったので急ぎ帰宅です。

 

明日はお昼にバイクで次男が来てくれるみたいなのですが、大丈夫かなー。晴れ女の私は昨日から念を送って台風を遠ざけるようにしてるので、少しずつ静岡よりに進路は変わってきているんですけどね。今夜もこれから念をまた送ります💦 笑えますがこれ結構効くんですよー!

 

友人にガマくんとカエルくんの刺繍送ったらもう今日着いたみたいで喜んでくれました。こちらこそありがとうね!

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これです。ストーリーを知っているひとはこの続きも想像して温かな気持ちになれる場面です。

まだまだ下手くそですが、これからも精進しますね!

 

 

 

明日はお昼に和食屋さんのお弁当、一度お願いして食べたのがすごいボリュームで美味しかったので、このご時世なので注文しておいたのでそれを取りにいきます。

 

 

 

夫さん大忙し

夏休みに入ったのに今日は午前中仕事へ。最近体が痒い痒いというので、ダニかな?と思い対処していても治らないので、原因を探っていたのですが、その一つに肝臓がんの初期の症状であるらしいよ。と言ったのが気になったみたいで、早速病院にも行ってきたと。黄疸がないから多分肝がんではないだろう。アレルギーではないか?ということだったらしい。きっちり調べたら?ひょっとしてうなぎ?白身の魚?と言ったら、

 

食べれなくなるのがいやだから調べたくない。

 

と言われました。さすが、食いしん坊夫婦の片割れです💦

 

で、朝そのように駆け回ったのにさらにお洗濯も!私は今時差ぼけなので朝に寝て昼に起きるというヨルダンタイムなんですが、昼目覚めると掃除以外は終わってるという。働き者さんです❤️

 

で、今日は夫さんゴルフ練習の日で、さらにイオンの火曜市なので、長めの1.5時間練習にしてもらい、夫さんはゴルフ、私は買い物というパターン。夫さん送ったら急ぎUターンしイオンへ。最初は本屋さんで、ディズニーの刺繍の定期購読本をとりにいき、ついでに福井金沢の本も買って。

そして食料品売り場。ありましたよー。火曜市名物?刺身セット498円!先週は売り切れていましたが今日はしっかり残ってました。私は火曜市のときは、刺身とポテトサラダとお寿司セットを買います。お寿司セットも498円ですから超嬉しいです。夫さんだけですが。

今日は、あかかますという生魚もあり、これも買いました。焼き魚にしました。それから明日用にキスも。これは唐揚げにします。あと野菜がほぼなかったのでトマト、レタス、きゅうり、なす、それにもずくやらお豆腐やらと。あとおつまみのお菓子と、それから夫さんきっとふーふー言ってるだろうから、アイスキューブになってるお菓子ね。氷菓菓子っていうのかな。がりがり食べると熱く火照った体がたちまち冷えてくれますから。

 

たくさん買って急ぎゴルフ場に。ちょっと待っていたら案の定茹で上がったタコさんみたいになった夫さんが。アイスも、お?いいものがあるねえ。とお役に立てたみたいです。良かった良かった。

 

それから本家にいき、たまの換気です。除湿機は満水になってました。カビは大丈夫だったようです。ほっ。

今日はC棟(旧義母ハウス)の一階のカーテンをそろそろ買いたいのでサイズをはかりました。それからカーテンまわりの柱というか板部分、まあ安普請なんですがそこにワックスがけしました。次にきたときにどんな具合か確かめたいので。

あと義母が飾っていた浮世絵の額を二つ外しました。埃だらけでしたのでふきふきしておきました。

時計もよく見るとすごく汚れているので買い替えます。

 

とにかくものがないようにしたいです。もう少し涼しくなったら庭の整備もあるので泊まりがけでやるー!と勝手にいきまいてました。笑

 

で、今日は何もしないでおこうねと夫さんが言ってたので、とりあえずワックスがけだけで辛抱して帰宅しました!

家に着いたら大忙しです。夫さんはまずお風呂、その間に夕飯の準備!今日は刺身とお寿司があり、焼き魚、サラダ、豆腐プラスキムチ、トマトを切って冷凍庫で休息に冷やしたり、茄子も調理してと。汗かいたぶん白菜のお漬物も用意して、わたしもポリポリ。

たくさん食べてもらったら、早起きの夫さんはすでにねむねむ状態。おやすみなさいになりました。

 

私は刺繍をして、小さいものだったので仕上がったので洗って鏡に貼り付けて乾燥。額も用意したりして。楽しいじかんです!今は、絵本好きの友人さんに

 

がまくんとかえるくん

 

クロスステッチです。小さいものなので差し上げるにも気軽に!です。

 

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ちょうどこの写真のシーンのを作りました。この絵本を好きな人には、結果を思い出してほんわかしてくるシーンです。。私も大好きな本です。

でも刺繍、簡単なのに結構間違えも多くて困りますわ。私。ブツブツ。。

 

ということで、朝から大忙しの夫さんと時差ぼけの私の1日でした。おしまい。

桑名石取祭と京都お墓参り

ちょっと忙しくしていたここのところでした。夫さんの夏休みが始まったのです!なので

土曜日 夫さんゴルフ

日曜日 桑名石取祭 夕方から

月曜日 京都 私の母方のお墓参り

 

 

石取祭はフィナーレ、最終日でこの日は山鉾(祭車というらしい)が練り歩き、桑名宗社(春日大社)まで渡祭します。台数も結構あるので、順番に祭車が街中を練り歩いているので、歩いているといろんな飾りとどの町からきたかがわかる札をつけた祭車に遭遇します。それぞれ鉦と太鼓を打ち鳴らしていて、例年なら掛け声などもあるので、日本一やかましい祭り、奇祭といわれています。

https://isidori.jp/

で、夕方日がかなり傾いてから夫婦揃って歩いて見に行きました。今年は道端の出店はないのですが、チラホラとお店が空いていて、私たちは虎屋さんでアイス饅頭とみたらし(醤油味)だんごを一本ずつたべたり、桑名宗社でお参りしたり、三重テレビが生中継しているのを見たりしてました。生中継はアナウンサー2人とゲストが2人で、机椅子に座り、各所での中継交えた本格的な番組でした。カンペをはじめて生でみました。笑

 

で、最後にお腹がすいたので、九華公園(きゅうかこうえん)にいき、たくさん出ている夜店で、広島焼きを食べました。

 

それからぽちぽちと歩いて帰宅しました。1日の限界歩数の6000歩をゆうに越えたので疲れましたが、夫さんと行けるのはいつでも嬉しいことです。

 

汗びっしょりになったので、2人ともシャワーしました!夕飯は軽めのあるもので。

 

翌日、今日ですが午後から出発で京都お墓参りにいきました。暑そうなので夕方にお墓につくように、15時前だったかな?出発しました。久しぶりに新名神です。国道の旅が連続していたので、久しぶりの高速道路は、信号なしで時速100キロも出せるのでほんと贅沢だなあー。って思ってました。それに今日、月曜日は平日なので車の渋滞も少なくて、快適でした。

お墓は枯れ葉が山ほどで、お盆よりちょっと前なせいかお寺さんのお掃除がまだ入っていなくで、箒でいっぱいはきだしました。きれいになったら、お花をいれて、そして雑草防止に塩をまきました。

 

夫さんはいつも京都お墓参りにつきあってくれてありがたいです。それは私もちゃんと夫さん側のお墓参りをしてくれるからだ。と。お互い、お墓参りちゃんとしていいことあったらいいね!なんて言って。蚊も結構いたので、父にさよならして、すぐに帰路に。

 

ただ、帰路はまた国道1号線です。というのも、久しぶりに、にぎり長次郎に行きたかったのです。前回前々回で滋賀の草津あたりにお店の看板みていたので。

 

国道1号線で大津から草津にいくとき、瀬田川を渡ります。有名な瀬田の唐橋があるところです。その近くに夫さんが大学の時に所属していたボート部の艇庫と合宿所があるのです。なので、夫さんは大津を過ぎるとソワソワです。私も父がコーチを一年だけしていた時があったので、応援団として家族でご飯やお菓子を届けたりしていたときがあったので、馴染みの場所です。

唐橋から夫さんがスッポンみたいに首を伸ばして艇庫あたりを見ていましたが、よく見えなかった。考えてみたらかなり長くきてないからなあ。ということで、今度2人でこのあたりを散策しようということになりました。

私的には、琵琶湖にかかる大橋が二つあるんですが、短い方の近江大橋も、長い方の琵琶湖大橋も渡ってみたいです。

唐橋の近くに建部大社という神社もあるので日本武尊ゆかりの神社なのでここも行ってみたいです。

 

栗東にはいる手前の草津のはじっこににぎり長次郎があったので、ここで食べました。いつもマグロの刺身盛りをたべますが、ここのはほんとおいしいです。スシローがまるでダメ子ちゃんに思えてきます。笑

食いしん坊の夫婦は大いに満足して食べ終わり国道1号線で桑名まで戻ってきました。今度は息子たちと一緒にきたいねと話してました。

 

と、こんな日々でした。 

この先は、夫さんゴルフ練習、本家掃除、桑名側のお墓参り、次男くんと家でご馳走を食べる、などのイベントがとりあえず入ってます。

 

帰りも途中から大雨でした

今日の歯医者は15:45からなので比較的ゆっくり過ごしてシャワーも浴びて掃除もして実家を出ました。歯医者に入って新しい歯をつけてもらって、歯のクリーニングまで受付で待っていたら大雨!

でもこれはクリーニング終わったら止んでました。

 

それからがちと大変、まずは郵便局にいき、妹が母のことで立て替えてくれているお金を下ろして。次に妹が指定した枚方まで行ったのですが、予想通り渋滞がひどくて、到着して会えたのが20時近くに。それから、事務的なこと済ませてバイバイ。さて、どうやって帰ろうかなと思ったのですが、夜の国道1号線はもう渋滞ないかな?と、前回の1号線の旅逆方向の旅することに。京都、大津、瀬田越えも順調!それから甲賀土山も越えて。さらに鈴鹿峠越えたら今度は箱根のような坂道どんどん下りていったのですが、地名も山中、とあり、ほんと山の中で、動物が出てきそう。それに車通りも少なくて、ここでクルマが止まってしまったら、結構危ないなーと思ってました。ようやく降りると

 

関宿

 

そっかあ。関宿は箱根で言えば箱根湯本駅的存在なんだなあと。すごくほっとしました。

 

そこから高速に入るかどうか悩みましたが前回、亀山では失敗して名阪国道に入ってしまったので、復習もこめて1号線を選択。亀山インターの裏側がバッチリみえたのがなかなか楽しかった。いつもは名阪国道に入る時に国道1号線の表示を見て、どういうふうに道路交差してるのかなあと思っていたので。

 

で、問題はそこから。なんと集中豪雨になったのです。国道1号線は、鈴鹿市に入るとアップダウンがあるのですがそのダウンの谷部分に、すごい水があふれていて。二ヶ所か三ヶ所あったのですが、よく見えないのでスピード落としてたわですが、もうレガシィちゃん、沈んでしまうかもー。って心配するぐらいの池状態のところを通過しました。これ以上になったら通行止めかもね。

東名阪自動車道も雨には弱い道路で、水が溜まるところが何ヶ所もあって、一度大雨に遭遇したとき、死にそうになったのですが、案の定、何分か後には通行止めになってました。今回はどうだったかな?

 

国道1号線四日市にはいって海岸よりになるんですが、ここは案外大丈夫でした。桑名に入ったら小雨になっていたのでほっとしました。帰ってきたぜ、無事!という感じです。一時すぎていたので、枚方からは5時間ぐらいかかりました。休憩は一回コンビニに入りました。

 

歯もすっかりきれいになったし、次は三ヶ月後にクリーニングしにいくぐらいですが、年と共にやはり大事にしなくちゃ!です。歯周病もちょい進んでいるようで、歯茎の点数が悪くなってました、はい💦糖尿病はこんなところにも悪さしてきます。

 

鈴鹿山脈の東側は、大雨ですっかり涼しい夜になっています。明日はいよいよ石取祭です。夕方夫さんのゴルフ練習もあるので、今から寝てゆっくり起きます。夫さんが起きてきて、お昼ご飯にペンネアラビアータ作ってくれると。嬉しいです。はい。ちょびっと疲れました。

雨の東名阪と名阪国道

昨日は昼に自宅を出発。大阪実家に向かいます。

最近は高速道路を使わないようにしています。もちろん高速代節約もありますが、高速道路ばかりだと飽きてしまうというのも理由です。60歳すぎてもまだ新しい発見を道路に求めてしまうようです。とくに国道はなんとなく好きです。最近はそれこそ歳をとったのか、国道1号線の旅など、とにかくひたすら一本が楽しいかな。笑

 

大阪には奈良経由でいきますが、長いトンネルが嫌いなのでやはり国道163号ですね。この国道は大阪から奈良、今日木津川、伊賀と通り三重の津まで。この間私が好むのは奈良から大阪まで。ここは生駒の山越えがスムーズなのです。トンネルが短い分、ある程度は登ったり下りたりはありますが。。

でも木津川沿いは実はきらいです。木津川はかなりやばい川で、今日のように雨が激しいときは危険です。すごい崖があるんですね。調べていませんが風情は和歌山の紀ノ川みたいです。名阪国道にくらべるとやはり信号が多い。安定した速度ではしれないのはイライラします。さらに、原付も案外いてね。以前事故があったみたいですが、それ理解できます。

昨日は桑名から鈴鹿、亀山までは大雨でした。とにかくすごい雨の上走っているので、ワイパー全開でも前が雨で見えなくなるという。。。危険な状態でした。亀山あたりは雨が多いですね。ところが名阪国道に入ったらカラッとはれていて、せっかく雨で気温が下がっていたのにまた酷暑に戻ってしまいました。

 

名阪国道国道を天理で降りて、今度は国道23号経由で国道163号に。木津川越して奈良に入って大阪に突き抜けるまでは平坦なところが多いのですが、最近は立体交差の工事箇所が多いので、昨日も少し渋滞したりしてました。

 

163号は大阪の門真までで、さらに府道2号に入って一本です。

桑名からは少し南に下がって遠回りですが、13時出発、17時前に目的の歯医者さんに無事つきました。渋滞回避は色々頭で考えてますが、大阪ではまったらちょっとやばくてそのときは高速道路、近畿道あるいは中国道にのらないといけないのですが、それもなくて良かった。せっかく節約しているのですからね💦

 

これがお仕事している人ならタイムイズマネーで高速道路使うでしょう。でもそこは専業主婦。こんな努力もあっていいかなと。夫さんは高速道路使ったら?といってくれますが。

 

大阪も実家があるうちは通うと思いますが、もし母が亡くなって売却してしまうとほとんどこないと思います。私はここ大阪で育ちましたし、環境もすごくいいのですが、正直歴史が浅いところなので執着がないのです。その点桑名は歴史ある街で、なんだかほっとするのです。今治とか松山も好きです。郷土愛が持てるところは理由があると思います。観光客が駅前でうろうろしているのを見るとそれもなんだかワクワクします。旧東海道沿いの街であることも好きな理由のひとつです。昔、中学生のとき、社会が得意だったのですが、江戸五街道というのを知った時、すごいなあと思ってました。そして大学で東京に住んだとき、中山道(国道17号)が近くにあったのと、大学が甲州街道(国道20号)の近くだったので、とても感激したのです。それが私の道路好きの原点かな。まあ他にも道路を覚えるのが好き、地図を見るのが好き。みたいなものもあるかも。学生のときは一度行ったところ、道順は忘れない人だったので。千葉にいるときもタクシーさんがショートカットしそうなのがわかるとついて走ったりしてました。

 

初代の車はCORONAハッチバックでした。10万キロぐらいは走ったかな。このころは夫さんのアッシーくん全開で。はじめてのマイカーだったのですごく楽しかったです。それからジャカルタに駐在になったので、夫さんの親戚にあげてしまいました。すぐに処分されたようですが。。ジャカルタにいく前に、引っ越し荷物をぎゅうぎゅうに詰めて、徹夜二日ほどして父と息子2人を乗せて大阪実家に戻ったのですがフラフラで海老名で寝ていい?と父にお願いしたのを覚えてます。父もあのときは精一杯引っ越しの手伝いをしてくれて、息子も可愛がってくれてね。ありがたかったです。1996年だったかな。真冬の一月末で、大阪に移動した翌日千葉は大雪で💦 2週間ぐらい大阪にいて、その間に桑名にもいって。そのときは新名神高速道路もなかったので、桑名にいくときは名神高速関ヶ原か大垣で降りて一般道。このときも桑名についたら雪で。車はこのときに置いていったので、帰りは大阪まで義父といっしょに電車にのって。。あまり仲良くはなかった義父でしたが、今考えたら精一杯のことはしてくださっていたなあ。

 

ジャカルタは着いたら着いたで、80年に一度の大雨になり、翌日は空港からの道が通行止めになり、これもまた難を逃れたのです。でもそのときにすごい大雨と雷が駐在初日だったので、印象悪かったです。はい。

 

と、色々と思い出したりしますが1996年は長男は幼稚園年長で小学校に入る歳、次男はまだ一歳半なのでした。不思議なんですが、次男がうまれて、引っ越しのときは大変でしたがあまり子育てで大変だったという覚えがないんですね。それは一番てのかかるこの時期の2年間、ジャカルタでメイドがいたということも理由の一つだったかな。でも日本にいるときも、子育てでしんどいと思った記憶がなくて。。私にとって小さい子供のときは楽しさばかりだった。思春期のころがたいへんだったから、きっと余計にあの頃はよかったなんて気持ちになってるのかなあ。

 

ちょっとだいぶ話はそれましたが、そのジャカルタ生活、本当は5年の約束でしたが、政権交代のときの混乱があり、2年で本帰国。長男は小学3年生、次男は幼稚園年少さんの歳。

ここから三年後のヨルダン駐在までは車は中古で買ったVista。セダンでした。この期間は父が山の家によく通ったので、しょっちゅう茅野の別荘に行ってました。亡くなったNちゃんやiさん子供たちともいきました。懐かしいし、楽しかった!ひたすら!

この車も10万キロぐらいは乗ったかな。まだナビとかは無かったなあ。地図頼りで動いてました。

そして2001年に駐在、長男小学校6年生、次男小学校一年生の夏休み前です。

駐在してすぐに911があったりしてバーレーンに退避なんてこともありました。

2005年3月に本帰国。長男高校入試のときで無事希望校に合格。次男は小学校五年生。車はノアです。子供たちに飛行機のエコノミー疲れを感じさせていたので、ノアをフルフラットに倒して、きれいにしておいて、成田でお初見。ほら、ビジネスクラスみたいでいいでしよ?みたいなね。笑

あのときは、12月に私だけが一時帰国して千葉の家を整えて、車を購入したりしました。風呂釜が壊れてお風呂に入れず、なんにもなかったので風呂にも行けずで、真冬のまさかの水シャワーなんて今考えると恐怖体験みたいなことしてましたね。笑

 

2月に子供をお迎えするのにヨルダンに戻ったのですが、それから一か月でまた引っ越しの用意して、そして三月に本帰国。子供2人連れて。いつも駐在のときも本帰国のときも夫は一緒ではないのです。はい。民間の駐在とはそういうものです。

 

ノアは最終的には天板?がはげてきてしまうという悲しい状態になったのでレガシィを2011年に購入しました。このときは東日本大震災があったので、車の納期がひどく遅れたのと、マレーシアだったかな?(タイでした💦タイ駐在してた友人が教えてくれました。)ひどい水害があり、カーナビの納入が車の納入の2ヶ月後になってしまった。など色々ありました。もうこの年からも11年が過ぎたのですね。

ジャカルタ駐在は30歳代、ヨルダン駐在は40歳代とまだまだお若い私なのでした💦

 

あれから幾星霜。レガシィはすでに25万キロ超えていて、いつ使えなくなるかドキドキしてますが、海外では80万キロこしても使えているという謎情報を信じてまだまだ活躍期待してます。ほんと走りは調子よいですよー。

 

本当は週末に福井あたりに夫さんと行きたかったのですが、今週末は桑名の石取祭があるので、延期としました💦 石取祭は、日本一やかましいといわれる鉦(かね)や太鼓の練習音も聴こえてこないので、きっと踊ったりはないのかな?夜店などもないみたいなので山車をだして引くだけの静かなお祭りになるのかな?

 

長くなりましたが、明日無事に歯医者おわったら、奈良で書類のやりとりを妹として帰宅します、

 

 

めちゃくちゃ暑いですね!

ここ桑名は、37度でしたが、40度ちかいところもあったみたいですね。

東海地方の天気予報によると、フェーン現象で暑くなっているらしいです。

午前中に空気を入れ替えようとベランダのサッシを開けたら、ドバイのホテルでの追体験のように、ブワー!っと温められた熱風が入ってきたので、慌てて閉めました💦

ドバイのときは、ホテルから出たら、真冬の石油ファンヒーターのターボ運転のような風が全身に吹いてきたのですが、あちらは50度近かったように記憶しています。もちろんホテルからはタクシー使う以外は出れませんでした。

 

本当は本家に行ったり、イオンのお客さまデーで夫さんのお刺身買ったりしたかったのですが、例の熱風に負けて在宅してました。

 

今日はドジくさい日でした。最近台所で色々ぶちまけるんですが、何日か前にはコーヒーの細かい豆。。。ショックでしたが、掃除機で吸い込みました。今日は夕方、夫さんの夕食の一部を作り出したら、冷蔵庫から小口切りにしたネギが落ちてまたぶちまかれてしまった💦

仕方ないので掃除機で吸い取り、その後色々掃除にかかりましたが、なんだか吸い込みが悪いような気がして、ゴミ袋のところをあけてみたら。。。

 

まあまあ大変!

 

なぜか掃除機のゴミ袋の紙以外のところにコーヒー豆がちらばっていて。。。まだ満タンにはなっていなかったのですが、ゴミ袋がうまくはいってなかったのかな。。購入しているはずのゴミ袋を慌てて探したのですが見つからず。。

結局、他のマキタ掃除機でその掃除機を掃除してました。明日、掃除機用のゴミ袋買いに行かないとね。

 

ということで、本家の掃除機もかなり年季が入ったものですから、我が家のと交換して、マンション用に新しいものを買おうかなあ。ルンバもありますが、バッテリー交換しなくてはいけないのと、我が家のソファー、床までの距離が短いので、ルンバが詰まっちゃうので、それはやめようかな。とか。

 

本家は今週大阪に行く前に一度行っておきたいと思いますがこの暑さだとどうなることやら。。です。