ピーターパンの何でも日記 Part2

家族と友人に近況を伝える日記

へとへとです。

昨日、14時過ぎには夫さんの弟くんが来てくれたので少し話していたのですが、話しているうちに、医療従事者ということもあり、お葬式は食事はなし、三重県内の人ならいいが、他県からきた人は要注意と言われ、あ、それ夫さん、私、及びこれからきてくれる長男、次男のこと??。そういえばそか。

お葬式屋さんの待合室にいたのですが、途中で退室されるほどで。うーん。なんだかコロナってほんと嫌だなあって思ってしまった。

あまり私がいてもご迷惑になるだけかと思い、私はこれで帰りますね、いろんなこと夫さんとお決めいただいたらそれに従いますといって帰宅。

ふう。なんだかNちゃんのお葬式との温度差がありすぎて。。。急に疲れがどっと出てくるもの、帰宅したらまず洗濯物、喪服、洗えるものは洗い、洗えないものは仕方なし、ファブリーズしておく。

かなり疲れているみたいで、頭痛が妙に変なヅキヅキ感がありいやな感じがするも、長男次男がきたらお食事とか一緒にどこで取ろうとか考えていたりもしたんだけど、とりあえず夫さんのスケジュール決定待ち。

連絡があったのが18時か19時ぐらいで、それから長男次男くんに連絡して。。。少し休んでは作業を繰り返していたのですが、2200時前にはもうバッタリと倒れるように寝てしまった。

で4時に目覚めました。ふう。

 

変な頭痛はとれたので安心しました。

乾かしていた洗濯物第一弾を取り込み、今から入浴して、第二弾の乾燥をさせます。

今日はお通夜19時からですが、湯灌(ゆかん)が11時からです。三重県は湯灌が当たり前みたいで、綺麗にしてくれるのでとても安心です。お化粧もね。大阪の父のときも、おそらく今回の千葉のNちゃんのときも湯灌はなかったと思います。父は夏で腐らないように血を抜く処理をしたのです。Nちゃんは自宅で四日ほど置いていたので、かなりご遺体の風化?劣化?が進んでいてね。死闘のあとがみられたような姿になっていたのでびっくりしたしました。

義母は弟くんが言うには胃瘻で栄養は十分だったので。とのこと。なんとなく納得しました。

湯灌のあとは納棺がありますが、それは夫さんにお任せします。

夫さんのお父さん、つまり私には義父のときは、夫が駐在中で。夜11時ごろなくなり、それからお葬式屋さんとの打ち合わせ、夜中の1時ごろには義母と弟君が帰宅。私1人が残されて、義父のご遺体と同じ部屋。朝6時にお寺のご住職様に電話して枕経7時にきていただき、湯灌も納棺も1人で対応したことを思い出します。あれはあれでかなりお疲れだったなあ。そのあとバタバタと皆さんおよび駐在先のアンマンから夫さんも戻ってきて。という状況でした。

 

さて、私も湯灌?して、サッパリいたしましょう!

 

結局、親族のみですが、それもふた家族と義母の弟妹のみ。食事は、火葬場でなんですが、夫さんの弟くんたちはこれはしないとのことで、どうするんだろう?

私たち家族だけ食べるのかな?確認取れてないのですが、なんかバラバラして面倒ですね。三重県とその他で分けて食べれればよいのにね。

 

とにかく疲れがまだ取れてない状態で今日のお通夜に突入です。

家族でなにかご馳走を食べたかったのですが、お通夜が19時からと遅くてね。お店、とれるかな。